2007年12月11日
久しぶりにジーンときました。高卒ルーキー豊島選手の巻。
日本ハムの入団発表会見で、ユニホームに袖を通した豊島明好投手17歳(北陸大谷)。中学生の時に両親が相次いで急逝。母親代わりの姉・一美さんが手塩にかけプロ選手へと育て上げた。
02年12月に父敏明さんが急性心筋梗塞で、翌03年11月には母ゆみ子さんが乳がんで相次いで他界。精神的に不安定になり、食事がのどを通らないこともあったという。
2年間で、身寄りがなくなった豊島選手を一美さんが引き取り、野球を続けさせた。
辛い事を忘れるように野球に没頭した豊島選手。
大学進学の選択肢もあったが「経済的な面もあるので」と、9月下旬の入団テストを受けて合格。そしてとうとう野球界の頂点へとたどり着いた。
ゴジラ松井とは一味違う小さな巨人(身長169センチ)豊島選手。私、本日より日ハムファンでございます。

投稿者 tateishi : 17:09
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2007年12月08日
立石自動車は岡田監督を応援します。
今日はサッカー日本代表監督に就任した岡田武史氏のお話。

突然、脳梗塞という誰もが予想し得ない状態で倒れた前任オシム監督。この緊急事態に実に9年ぶりとなる日本人指揮官として岡田新監督(愛称岡ちゃん)が誕生したのは既に皆さんご承知のところでしょう。、97年W杯フランス大会で加茂周監督解任にともない大抜擢。その風貌は新橋駅前でインタビューを受けているサラリーマン風だが、当時、日本サッカー界のスーパースターだった三浦カズ選手を試合中に交代させた際、カズがピッチ上で「えっ?オレ??」と叫んだのはあまりに有名。見かけによらず頑固、そしてヤルときゃヤル、あの岡ちゃんが帰ってくる!!!確かに野球の星野監督ほど迫力は無いかもしれない。しかし私は岡ちゃんが好きだ。横浜Mの監督を辞めて1年余り、最近もJの監督のオファーはあったようだが「登った山ばかりだから・・・・。」と断っていたらしい。オシムの創り上げてきたチームを土台に、自分の色を加えていくという、ある種白紙状態よりやり辛い火中の栗を拾った岡田監督を誠に僭越ながら立石自動車は応援します。頑張れ岡ちゃん!!
投稿者 tateishi : 17:27
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